夜、混乱して叫ぶ・・・、状態悪化かな

今日5/21、お見舞いに行ってきました。

5月の最初のころは気合を入れてお昼ちょっと過ぎに病院に着くように行っていましたが、行っても話をそんなにするわけじゃなく寝ていることも多いので手持無沙汰になってしまうんですね。

それに病室に何時間もいるとちょっと気が滅入る・・・

ってことで、最近は夕方近くに行って面会時間が終わるまでいる事が多いです。

 

昨日は安定していると聞いていましたが、夜中にちょっと混乱したそうです。

自分がどこにいるのかわからなくて大きいな声を出してしまったとか。

いた~~い、とか、う~~~ん、とか、文章にはなっていない言葉を発していたみたいです。

大部屋にいたので他の人が眠れず苦情が出て、急きょナースステーションの横の小部屋に移されました(‘Д’)

 

痛みで朦朧としたというのではなく、不安が混乱を招いたと言った方が近いのかも。

夜寝る前は、寝られないんじゃないかと不安に思うようで、何度も「眠剤もらっておいて」と私に言います。

夜中というのは不安が増すんでしょうね。

 

今日4時頃に病院に着いたのですが、ベッドの脇の椅子に座っても全く気付かず、ずっと寝ていました。

普通、10分とか15分すると目を開けるのですが、今日は眠かったのか疲れていたのかぐっすりでした。

今日はちゃんと話をする時間がほとんどなく、目を開けても手で頭をかきむしる動作をして、「う~~~ん、もういや、どうしたらいいの?」と、自分でもどうしたらいいのか、身の置き所がない感じでした。

手で壁をドンドン叩いてみたり、壁にあるコードを引っ張ってみたり、朦朧としながら混乱しているという・・・

 

食事の時間になってベッドを起こしても「いらない」と言って食べようともしませんでした。

いつもは、「今日はなに?」と食事には興味を示していたんですけどね。

数日前はおかゆも全部食べたり、私が持って行ったゼリーなども美味しそうに食べていたのですが。

数日でこんなに悪くなってしまうんだ・・・とちょっとビックリです。

 

煮魚を一口二口食べただけど、もう少し食べさせようとすると「そんなに食べたらダメ」などとわけのわからないことを言っていました(>_<)

持って行ったイチゴも、ほんの少し口にしただけで「もういらない」と。

 

そして、食後の薬も一粒ずつ飲ませていたら途中で私の手を払いのけ「そんなに食べられない、もういらない」と。。

なんとかかんとかごまかして全部飲ませましたが、今日はちょっと大変でした。

 

会話と言うのもあまり成り立たず、こちらの問いかけにもちゃんと答えず、自分の言いたいことを言うという感じ。

かと思うと突然

「着物、着せてあげなさい」とか

「ご主人がいるの?」と隣のベッドを指さして言うし。

会話が飛んで、それもなんの脈絡もないのです。

ずっと朦朧といていた感じですね~。少しボケも入ってきたのか。

手術後のせん妄にちょっと近い感じがしました。

 

看護師さんは、不安に思うときは手を握ってあげるとかしてくださいということで食後は手を握っていました。

帰るころには少し落ち着いて「頑張るからね~」とニコッとしました。

それくらいだったかな、意思の疎通があったのは。

 

ナースステーション脇と言う場所は、問題児が集まる場所なんですね。

自分で食べられないとか危険がある人が車いすに乗せられて食事時に集まります。

今日は車いすに乗ったおばあちゃんがずっと「お尻が痛いです!」と叫んでいました。

何度も何度も言うんですが、近くにいる看護師さんはほとんど無視。

何度かに一度応対するんですが、きっとしてあげられることがないんでしょうねぇ。

しばらくしておばあちゃん、諦めたのか、今度は「寝かせてください!」と叫び始めました。

それでもすぐに対応してもらえず、また何度も「寝かせてください!」と。

 

かと思うと隣に寝ていたおじいちゃんは、何かの管を勝手に引き抜いてしまったらしく、看護師さんが慌てて処置していました。

 

もう・・・なんというか、少し頭がボケてきたお年寄りが揃うと、何とも言えない雰囲気が漂います。

重く垂れこめる空気、先の見えない諦め・・・。

看護師さんの仕事も大変だなぁと思います。

お医者さんは回診に来るだけで言うべきことを言えばおしまいですけど、始終患者さんのそばにいてお世話をする看護師さんのストレスは大変なものがあるでしょう。

お年寄りじゃなくても病気の人というのは病んでいるわけで、病院の中にいる限りこの空気からは逃れられないということですね。

 

そう・・・、今日そろそろ帰ろうかな、と思っていたら母が急に

「88歳、そんな年寄りは放っておきなさい」と言い出してビックリ。

心の底に思っていたことが出たんでしょうか。

年齢は忘れていないんだなと思ったり、私に負担をかけたくないという気持ちがそう言わせたのか、とか。

それにしてもずいぶんストレートで独特な表現だなと感じ入りました。

 

母は昔の人にしては大学も出ていてキャリアウーマンの走りみたいな人でした。

年を取ってからは茶道を教えるなど向学心もある人だったんですね。

それが老いによってここまで変わってしまうんだなぁと何とも言えない気もしましたが、こうやって少しずつ壊れていくのは死の恐怖からも逃れられるし、まわりの人へ「諦め」という気持ちを起こさせるので悪いことではないと思います。

 

2,3か月前、体は弱りつつあって寝ていることが多かったけどまだ頭はしっかりしていたころ、姉に「私はもう今までの○○子さん(自分)じゃありませんから」と宣言したそうです。

知性や理性を自分で捨てたと思わせる一件でした。

 

余命2か月と言われたときは、まだこんなにちゃんとしているのに?と思いましたが、それから1か月近く経過して確かに坂道を少しずつ転がりだしたという気がします。

私にできることというのが段々なくなってきましたが、こうなれば一日でも早くホスピスがあいて転院できる日が来ればいいなと思っています。

 

 

 

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