亡くなってから3日、心境の変化など

5/27(金)の早朝に亡くなって3日が経ちました。

27日に葬儀の打ち合わせなどをすべて済ませ、28,29日は少し休む時間がとれました。

母が亡くなったらどうなるんだろう?とコワい気持ちもありましたが、自分でも意外なほど今のところ冷静です。

やはり88歳という高齢で天寿を全うしたこと、最期は楽にしてやりたいと思ってそれが叶ったこと、当人がほんとに幸せで満足しているということが理由だと思います。

亡くなり方も突然とかではなく、病気で徐々に弱っていったので理想と言えるでしょうね。

最期の状態のまま長いこと生きていたほうが本人もまわりもつらかったと思います。

 

あとは、私もいい年齢になっているからということもあるでしょう。

母の死がもっと私が若いころに訪れていたらショックが大きかったと思いますが・・・

年をとると感覚が鈍磨するということもあるのかなぁと思います。

深く嘆き悲しむことができなくなってきたみたいです。不謹慎かもしれないけど、面倒くさくなってしまうというか。

あれこれ考えるのもちょっと面倒になってしまうし、もういいわ~、どうでも、なんて思ってしまうことがあるんですね。

それも母が天寿を全うしたという安心感から出ているんだと思いますが。

 

でも、毎朝目が覚めると、やはり母はもう逝ってしまったのよね、という思いがよぎります。

ただそれは悲しいとかツライという感覚ではなく、現実を淡々と認識する感じです。

そして、「婆ちゃん、おはよう、今日も頑張るよ~」と、心の中で短い挨拶をします^^

 

今までは母のことなど気にせずに生活していましたが、亡くなってからのほうが母を意識して母とともに毎日生活するようになってきましたね^^

母は肉体を亡くしただけで、エネルギーとしては確実に存在しているから。しかも高い次元に行ったので私たちのことはお見通しだと思うので。

きっとね、私たちが暮らすこの3次元こそ夢で、真実はもっと別のところにあって私の想像できない世界が展開されているんでしょう。

肉体が見えない、触れないというのが残された人がつらく思う原因だと思いますが、その肉体こそ幻想だという・・・

素粒子からできている肉体は、常に振動していて毎瞬生まれ変わって別のものとして存在しているそうです。

そのことは私の頭では深く理解できないことではあるけど、ぼんやりとでも理解しているといわゆる悲しみや喪失感というのは出てこなくなります。

 

私もこれといって生きがいがない生活をしている平凡な人間ですが、母と再会するまで頑張ってこの世を楽しまないといけないな~と思います。

今みたいなだらだらした生活を改めて、気を入れて一日一日を生きていかないといけないと思います。

夢中になれることを見つけて毎日生き生きと生きていきたいと思います^^

きっとそんな気持ちになったのも母の遺志なんだと思います。見えないエネルギーで私に働きかけてきているんだろうと思います。

 

 

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