通夜・告別式が終わって

うちの場合、亡くなってからお通夜まで少し日があきました。

5月27日に亡くなって、お通夜が31日、告別式が6月1日でした。

亡くなる前数日と亡くなった当日はやはり忙しくて疲労も蓄積されていたので、28日から30日までは少し体を休めることができました。

お通夜と告別式の日は朝から忙しかったですが、緊張感もあって疲れは感じなかったですね。

そして一応すべてが終わった昨日、少しほっとする気持ちも生まれました。

本当に寂しさを感じるのはこれからなんでしょうね。

知り合いでお母さんを亡くした人に聞くと、やっぱり母というのは特別なものだそうで、亡くなって何十年経ってもまだ何かの時に涙が出たり、思い出すことがあるそうです。

きっと私が年をとっても、ことあるごとに母のことを想うんだろうな、と思います。

母も最期の数日はうわごとで「お父様、お母様」と何度も言っていましたからね・・・

母の場合は父親に可愛がってもらっていたこともあって、お父様、という言葉も良く聞かれましたが。

 

母が亡くなって今私の心を占めているのは、あぁ、終わってしまったなという気持ちと、世の中の無常感です。

これは一時的なものでまたすぐ日常に埋没していくと思いますが、世の中に取り残されたような、体が凍えるような気持ちがあります。

88歳の母を亡くしてさえそうなのだから、若い働き盛りの旦那さんを亡くした方などは恐怖に体が震えてしまうだろうと思います。

母は47歳の時に夫を亡くし、私たち子供二人と世の中に立ち向かっていかなければならなくなりました。

私たちは高校3年と2年。

どんなに怖かったか、どんなに苦しかったかと今思います。

でも母は立ち直り、強く生きて私たちを守ってくれました。あの時母が崩れてしまったら私たちの人生はどうなっていたかわかりません。

経済的に苦しくなりながらも、母は私たちを大学まで出してくれました。

当時まだ存命だった母の父母が「お金のことは心配しなくていいからね」と私に言ってくれました。

まだ子供で自分の事しか考えられなかった私は、なんで私だけこんな目にあうの?なんでお金の苦労なんてしなきゃいけないの?と思っていました。

そして、苦労して出してくれた学費を当然の事のように思っていたどころか、遊ぶお金を自分で稼がなくてはならないことに不満を持っていました。

まわりの友達は裕福な子が多く、アルバイトなんてせずに親から月々4,5万のお小遣いをもらい、更に洋服などは高価なものを買ってもらっていましたからね・・・

今思うと、もっと一生懸命勉強して、大学に通えることに感謝して母をいたわってあげるべきだったと思います。

大学生ならアイディア次第では自分で稼ぐ道を見つけることもできただろうに、と思います。

 

ただ、私はわりと早く、20代前半で結婚して母を安心させてあげられたのは良かったかな、と思います。

結婚した時には母の父母もまだ存命だったので、おじいちゃんおばあちゃんはそれは喜んでくれましたよ^^

その後、子供にも恵まれて、そこから母の人生は好転していった感じがします。

大好きな孫と旅行をしたり食事をしたりして楽しい時間を過ごせたのは、私ができた唯一の親孝行かなと思います。

普通のお婆ちゃんと孫よりもうんと親密で、おばあちゃんというより母替わりみたいな感じでした。

おばあちゃんって孫にとってはもっと遠く薄い存在のことも多いと思いますが、うちはほんとに濃厚な関係だったと思います。

その分、孫(私の子供)はお婆ちゃんを亡くしたショックが大きかったようです。

すでに29歳と27歳になっていて私が祖父母を亡くした年頃と同じですが、子供たちの方がショックが大きかったようです。

ただ、若いのでこれを乗り越えて人生を楽しんで行ってほしいなと思います。

それが私の母への孝行だと思うし、母も望んでいることだと思うからです。

 

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