楽(?)だった義父の旅立ち

母は抗癌剤も使わなかったし、無理な延命治療もしなかったので、最期は安らかに逝くと思っていました。

顔も穏やかなまま、人相も変わらず、苦しみもせず、寝たまま静かに亡くなっていくと思っていたんですね。

ところが実際は、頭や胸をかきむしったり、意味の分からないことを口走ったり、大きな声で痛がったりしました。

ガンの末期の痛みと比べれば楽だったと思うし、薬で抑えられたのですが、腕や足を動かすと寝ながらも「いた~い」と言っていました。

最期の2,3日は人相も変わってしまって母の顔とは思えませんでしたね。

その前から無表情になり、返事をしてもどこかぼんやりして意思の疎通がしっかりできているという感じではありませんでした。

酸素マスクをつけるラスト2日間は口が大きくあいたままになって、今にも死にそうな老人そのものになってしまいました。

この変化はけっこう衝撃的でした。

 

一方、義父は最後は自宅での介護になりました。

おむつをつけているとか、お風呂も入れないということでほぼ寝たきりでしたが、時々ぼんやりしたり眠ってばかりいることはありましたが、苦しそうな表情やせん妄などはほとんど出なかったんですね。

夜中は1,2時間おきに起きて、「寒い」といったり、大汗をかいて着替えをさせなければなりませんでしたが、亡くなる日まで少し柔らかいものを口にしたり、穏やかに過ごしていました。

亡くなる当日も半身を起こして着替えをしたり、話をしていたそうです。

そして、ちょっと寝るわ、と言う感じで横になり、そのまま静かに呼吸を止めたそうです。

ちょっと目を離して、気づいたら息をしていなかったということで・・・。

義父も最後は体温の調節もできなくなって、寒さに震えていたり、起き上がることもできなくなりましたが、臨終のときは楽だったんだなぁと思いました。

つききりで看護していた義母は大変でしたけどね。

 

やっぱり病院で過ごすとせん妄とか出てくるんでしょうかね。

でも、呼吸が少し苦しくなったのでやはり病院で酸素マスクができて良かったのかなと思ったり。

まぁ、最期の最期はどうなるかなってみないとわからないものですねぇ。

母に準備された最期はこうだったんだな、と思って納得するようにしています。

 

義父も入院していたころはちょっとボケの症状なども出てきていましたが、退院してからはそれはおさまってきましたね。やっぱり自宅にいるというのは病状にもいい影響を与えるんだなと思いました。

私も病院にお見舞いに行くと、病院独特の気、というか重たい雰囲気に飲み込まれる感じがしました。

外にでると気持ちいいというか蘇る感じがしましたからねぇ。

病気の方のオーラというか空気というのが病院の空気を作り上げているということがあるんだろうな、と思いました。

 

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