今日もお見舞い、言うことはしっかりしてる

だいたい、3~4日に1度はお見舞いに行くようにしています。

うちからだと1時間半近くかかるので、毎日はなかなか行けないです。

行こうと思えば行けるかもしれないけど、犬がいるので長時間の留守番を毎日というのがね・・・

犬と母親の命どちらが大事なんだと思われるかもしれませんが、留守番をあまりさせたことがない犬なのでいきなり毎日出るということができないのです。

今は母の容態も低めだけど安定しているので大丈夫かな、と。

決して安心しているわけじゃないし、できるだけそばにいたいとは思うんですけどね。

 

今日は、かぼちゃスープとマンゴー、リンゴゼリーを差し入れしました。

余命を宣告されてから、ドクターからも「好きなものを食べさせてあげてください」と言われているので差し入れもOKです。

母の場合、もう足は弱っていて立って歩けないし、今は車いすにも乗れない状態ですが、食事はなんとかできるのです。

沢山は食べないけど、果物やのど越しのいいものは「美味しい」と言って食べてくれます^^

かぼちゃスープも小さいカップに一杯くらい飲みました。

 

熱がないこと、痛みがないこと、食事ができることが医師からは珍しいと言われています。

母は、ヒーリングを何度か受けているので、そのおかげだと思っています。

ヒーリングってスピリチュアルな世界なので信じる人、信じない人がいると思いますが、私は宇宙のエネルギーとか大いなるものを信じているのでね。

宗教ではないのでお布施とか寄付とか、特別な規則などの縛りがありません。

友人からエネルギーを送ってもらったり、アカシックにアクセスできる人に助言してもらうこともあります。

 

治療や今後の過ごし方などを最後に決めるのは本人と家族ですが、ヒーリングなどの見えないものの力を借りることも私はいいと思ってます^^

見えない世界の話に引きずられ過ぎるのは良くないと思いますが・・・

 

 

今日は夕方4時頃に着いたら、母は寝ていました。

そっとベッドの横に座ったら、少しして目を覚ましました。

もうすぐ先生が来るから、一緒に話を聞いて、と言われました。

主治医ではないけど担当医が来て、これからのことについて医師と家族で話しましょうということでした。

 

もう積極的な治療をしないので、ホスピスに向けての話ですね。

ホスピスというのは、患者が自分の状態を知っていることが前提で、その点を本人に納得させ、了解を得ることが話し合いの目的みたいですね。

「あなたはもう治らない、余命が限られている」ということを自覚させるということです。

まぁ、もっとマイルドな言い方をするんでしょうが・・・

 

母に、これからどうしたい?と聞いたら、

う~~~ん、そうねぇ・・・

とゆっくり口を動かし、

「最期は家がいいなぁ」

と言っていました。

 

私たちに迷惑をかけたくない、という気持ちはすごくあって、以前は「早くお空に行きたい」とか「楽になる薬ちょうだい」なんて言ってたんですが、今日は少し言うことが違ってきました。

家で訪問看護やヘルパーさんを使って在宅緩和ケアができれば一番いいかなと思いました。

ただ、そんなことやったことがないので果たしてできるのか、そこが心配です。

排泄やお風呂などはプロに頼むにしても、他の時間は素人の私たちだけで見切れるのか、ちょっと見当がつかないところもあります。

ケアマネさんの話だと、お年寄り一人で家にいて、訪問看護などだけで暮らしている人もいるとか。

確かにそういうのもテレビで見たことがありますが、それは他に選択肢がない時じゃないかと思います。

もし在宅看護になったら、私もしばらく実家に住むつもりです。

何か月になるか、もしかしたらあっという間かもしれないし、余命より長く生きられるかもしれない。

いずれにしても何年というほどの時間は残されていないのだから、最期くらいはずっとそばにいてあげたいと思います。

ただ、言うほど簡単な事ではないとも思います。

肉体的精神的にもつか。

特に精神的に参ってしまわないか。

介護して家のなか、家族の関係ががたがたになっては患者にも良くないし、あとで後悔が残りますからねぇ。

 

でもやっぱり「最期は家で」という母の望みも叶えてやりたいし。

 

病院はすぐに出て行ってくれとは言いませんが、5月中には遅くとも行く先を決めないといけないでしょう。

ホスピスも空きがすぐ出るかどうかわからないので、いったん家に戻ることになるかもしれないです。

家で何日か何週間かやってみて、そのままいけそうだったら在宅でよし、ホスピスがあいてそちらに移った方がよさそうだったら移る、といいう、そんな感じになるのかなぁと思います。

 

治らない病気の人の看護というのはいろいろありますね・・・

もう少し若くて、回復の見込みがあればできることはしたいと思いますが、88歳となると、痛みが出ればとってあげる、体のツライところをなくしてあげる、できるだけ楽に過ごさせてあげるのが一番大事な事だと思います。

寝ていてもつらい状態が続けば、あまり長く引っ張らず、ある程度のところで逝かせてあげたいとも思います。

 

魂が肉体を離れたら、すごく楽になるし、若い時みたいに自由に飛び回れどこも痛くない、健康そのものに返っていけるんだと思ってます。

急いでそうなることはないけど、でもある時期がきたら・・・

 

看病できずに急に亡くなってしまうのは家族にとっても心残りだと思います(うちの父がそうでした)

だから、ある程度の期間は看病させてもらいたいな、と思います。

でも、看る方にも限界があることも悲しいけど現実ですね。

どのくらいなんだろう、それは。

1年くらいでしょうか。

治る見込みのない母を看病するのはツライ面もありますが、でもこういう看取り方ができるのは幸せでもあるかな。

 

最期は明るく楽しくがいい、と母も言っているので、後悔がないように、身内でにぎやかに過ごしたいと思ってます。

 

 

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